「な…長い」

呆然としたままクラピカは自分の指を動かせない状況であった。
おそらくはそのことにも気が付いていないのだろう。
静止してしまった原因は目の前にあるパソコンの画面だった。
開かれているのはメール画面で、クラピカはその返信に悩んでいるのだった。
そもそも何故メールをやりとりしているか──それは紛れもなく仕事なのだが、情報を提供してくれるというのが凄まじいほどに古物のうんちく屋だったのである。
クラピカは最初真面目に隅々までメールに目を通していたのだが、途方に暮れそうな文章の量に呆れ果ててしまったのだ。

「情報をもらおうとした自分が愚かだったな…」
「あら…クラピカ。あなた随分顔色が悪いわよ。大丈夫?」
「うむ…あまり大丈夫とは言えないかもしれない。目が…痛い」

事の発端は…言わずもがなボスの欲しいものリストにある蒐集物の在りかなのだが、何にせよかなり古い物と聞いていたのでおそらくは入手不可だと諦めていた。
しかしここにきて情報提供者がいるとなれば、聞き出す他はない。
今頃なら蒐集物を手にできたであろうに、足踏み状態は今もなお続いている。

「クラピカ、諦めてもいいんじゃない?お嬢様はあまり欲しがっているわけでもなかったわ」
「それはそうかもしれないが…だからといって撤回するのも…」

ここで諦めることがいいのかどうかよくわからない。
ボスも欲しがっているわけでもないなら今回の件は流してしまってもいいように思う。
この取引はやめるべきなのだろうか。

「私はムキになる必要はないかもしれない。だがセンリツ、私が不可能だと投げ出せるような性格だと思うか?」
「…思わないわ」
「これも私にとって乗り越えなくてはならない試練なのかもしれない。時間はかかるかもしれないがやはり途中で諦めるわけにはいかないのだよ」

一種の見栄なのかもしれない。
後々のことを考えればこのときにやめておけばよかったとクラピカは後悔するのであった。





古物の展示会に呼ばれることになったクラピカはメールの相手と合流することになっている。
相手は男だと聞いているが、何故自分がこんな衣装を身に纏って外出せねばならないのか疑問の以前に呆れ果てている。
貧乏くじを引かされたと思うべきなのか。
この展示会は男女一組であることが参加の条件となっていた。
だからこそクラピカは再び変装をせざるをえなかったのである。
夜にふさわしいナイトブルーのドレスはシックで綺麗であるが、着なれないためか裾が足に絡んで動きづらい。
最初はメールの相手に女装を頼んだのだが、絶対に入り口で足止めを食らうだのオカマらしいオカマにしかならないというので、仕方なく自分が引き受けたのだった。

「(オカマらしいオカマにしかならないとはどういう意味だ?そんなにたくましい男なのだろうか)」

参加証は一枚しかないので新たに女性を同伴というわけにもいかず、仕方なく条件は呑んだものの早く着替えたくて仕方ないクラピカは苛々していた。

「(足はスースーするし落ち着かない!早く来い!)」
「あの…クローディアさんですか?」
「クローディアは私だが…あぁ!!?」

クラピカは今回の件で身元が明らかにならぬよう偽名を使っていた。
相手が自分の偽名を知っていたので、確実に目の前の男がメールをした相手なのだが。
その相手にクラピカは見覚えがあった。
深い知り合いではない。
知り合いというより仲間の知り合いというべきか。
紛れもなく目の前にいるのはゼパイルだったのだ。

「とてもお美しい…本当に男性の方なんですか?信じられません」
「あ、あの」
「おっと、失礼しました。俺がメール相手のクリス…というのは偽名なんだが」

そりゃそうだ。
顔を見れば知っているのだから違う名前だということはわかる。
だがタイミングを逃したためかクラピカは言いづらくなっていた。
女に成り済ましている以上、自分の本当の姿が明らかになることはまずない。
少なくとも今日一日だけならなおさらだ。
あえてクラピカは知らないふりをした。
なんとなく後ろめたい気分だった。
というのも彼は勝手に話を進めていくのだが、その話の中にゴンやキルアという人物が語られていたからだ。
彼の話によると、ヨークシンシティにいたときに資金稼ぎをしていたゴンは一時期質屋にハンター証を預けていたのだという。
クラピカはもちろん初耳だったので、この話が真実か疑問はあったが続けて聞いているとさらに驚く話を聞いた。
彼はそのハンター証を取り戻すためにヤミ金から金を借りたのだという。

「それで俺はハンターになっちまえば借金の返済もできるかな、なんて考えていたんだが…世の中そんなに甘くないんだよな」
「はぁ…」
「しかも俺が受けた年のハンター試験はたった一人しか合格しなかったと聞く。しかもガキらしいぜ…全くもって情けねぇ」
「(その合格者がキルアだということを彼は知らないのか…哀れだな)」

ゼパイルと深い仲ではなかったのでこんな話を聞いたのは初めてだったし、もしこれが事実ならば彼はかなり損な役割をさせられているのではないだろうか。
仲間の名前が出てきてしまったが故に他人事としてはいられなくなってしまったクラピカはあとでゴン達に真相を聞いてみようと思った。
と、あれこれ思考を巡らせているうちに会場内に入った二人はお目当ての古物を探し、見事入手することに成功した。

「さすがですね、恐れ入りました。今回の報酬はこちらになります。お確かめ下さい」

今回の件では情報料や協力料としていくらかの報酬を用意していた。
もちろん彼の借金を返済するには程遠い額ではあるが、足しにはなると思う。
さすがにさっきの話を聞いて放っておけないのか、クラピカは予定額より2割増で包んでおいた。

「あの…多いですよ!お返しします!俺がさっき話したのはあなたから金をせびるためではなく──」
「これは私の気持ちです…否、是非受け取って下さい。彼らにはちゃんと言っておきますから!さようなら!」
「え?え、どういうことですかクローディアさん!クローディアさーん!!」





あっけなく別れたあと、クラピカは屋敷に着くなりすぐに着替えを済まし、化粧やらカツラやら全てを取り外して元の姿に戻した。
何故かセンリツにはもう少しあの姿のまま拝みたかったと訳のわからないことを言われたが、今はそんなことに構う暇はない。
クラピカは携帯電話を手にしてゴンに電話をかけたのだった。