久々に四人で観光旅行に行った。
せっかく出会えた縁だからと時々こうして予定を合わせて遊びに行く。
今回は真夏の三日間。
しかし旅行先に問題があった。
酷く暑い。
とても暑くて外に長くいられず、チェックインしたホテルから出ることができずにいた。
観光ガイドを読めば確かに気温の高い町とは書いてあったのだが、大したことはないだろうと勝手に解釈したのが間違いだった。
四人は酷く後悔した。
「信じらんねぇ!せっかく旅行だって楽しみにしてたのにこんなんじゃバテるっつうの!」
「うん…でもツアーとか言ってたしお金も払っちゃったし取り消すのは難しいよね・・」
「あーっもう!夏なんだしもっと涼しい国にすればよかった!ちっくしょー!」
パンフレットを握りつぶしていたのはキルア、その横にゴンが宥めるように座っている。
そこへキルアの頭をくしゃくしゃと掻き乱して割り入ってきたのはレオリオだった。
「やっぱりお前に幹事をやらせたのは失敗だったようだな」
「オッサンも協力してくれりゃよかったのにさ!旅行会社の説明が長ったらしくてわかりにくいからつい適当に頷いた結果がこれだよ!」
「うむ。わからないときは繰り返してでも相手に説明を聞くべきだったな。まぁしかしキルアはまだ子供だ。幹事をキルアに任せっきりにしたお前も悪いな、レオリオ」
きっぱりと言い切るのは文庫本を開いて優雅に読書をしていたクラピカだった。
しかしそのクラピカでさえ額に汗をかいている。
ホテル内はあまり冷房が効いておらず快適とは言い難い。
レオリオは顔を歪めてキルアから離れるとクラピカの隣の空いていた席に座る。
「お前はどうしていつも批判ばかりするかなー。こういうことは皆で相談するのが一番なわけで───」
「だからお前が相談に乗ってあげるべきだったのだろう?今回私はあいにく手が離せない重要な任務があった。それに前回の集まりでは私が幹事をやったからな」
「わかったよ…俺が悪ぅごさいました」
「でもさー本当にこのまま三日間ホテルで過ごすの?俺、本当は外に行きたいんだけどなぁ」
ゴンの言うとおり、確かにこのままホテルにいるのではせっかくの観光も観光ではなくなってしまう。
このホテルは旅行会社が大絶賛をしており、入口からフロント・通路・部屋・装飾品・食事全てにおいて高級な造りになっていた。
さらにこの申し分ないホテルはハンター証の提示がなければ利用できない特別なものであった。
一日目ということもあり、とりあえずは荷物を預けてチェックインだけしておこうと思っていたのに計画はすでに破綻している。
「カーテンを閉めていても暑いな。本の内容が頭に入ってこない。まるで砂漠のようだな」
「もう少しリサーチすべきだったぜ…」
「まだ言ってんのかよオッサン…もういいや!俺は最後までここで過ごすよ。お前もそうするだろ、ゴン」
「う〜ん」
ゴンは静かに窓に近づいてカーテンをほんの少しだけ開けようとした。
もう窓に近づいた時点で暑くて額やら掌やらに汗をかいている。
覗こうとすれば隙間から眩しい日光が貫くように差し、もわっと熱風が来るような気がした。
思わず吐き気まで催しそうな暑さに、さすがのゴンも外に出ようという気は起きなかった。
レオリオはこんな旅だって悪くねぇだろ、と自分に言い聞かせるようにしてソファに身を投げた。
クラピカは相変わらず読書を続けており、レオリオには目もくれてやる様子さえなかった。
キルアは部屋に設置された冷凍庫を開けていた。
ゴンはキルアの傍まで寄り、何をしているのか見ているとそこにはキルアの好物であろうアイスらしきBOXがあった。
「さっきフロントにいたときに頼んでおいたんだよね…ゴン、お前も食うか?」
「うん、いいね!じゃあ俺、取り分け皿持ってくるね」
気分転換は大事だ。
ここまで来るのにもかなり疲労が溜まっており、甘いものがちょうど欲しいと思っていたところだ。
ゴンはキッチンに向かうとちょうどよいガラス製の器があった。
しかし可愛らしいデザインでありながら器は傷だらけで欠けてるものさえあった。
他に器がないか探していると突然大声でキルアが叫んだ。
何事かとゴンは手に持っていた器を一旦その場に置き、キルアのところへ向かう。
すると顔面蒼白となったキルアが酷くうろたえていた。
「おっきな声出してどうしたのさ、キルア」
「見ろよ…こんなのねぇよ…」
フタを開けた大きなアイスクリームのBOXにはほとんど液状に近い、アイスがどろどろと揺れている。
おそらく溶けてしまったのだろう。
クラピカやレオリオも遠巻きにしてそれを見ていた。
しかし頼んでおいたばかりで冷凍庫にも入れておいたというのに何故溶けたのだろう。
ゴンには理解できなかった。
首を傾げているとさらにキルアはあっと驚いた声を出す。
おい今度はなんだとレオリオが言う前にBOXの底に穴が開き、アイスが穴から溶け落ちだした。
フローリングの床にはソーダ色の水溜まりができ、あわててゴンはふきんを持ってきた。
「ああ〜なんでこうなるの〜?もったいない〜…」
「あー!もう我慢できねぇ!俺、ちょっと文句言ってくる!」
頭にきたキルアは猛ダッシュで部屋を出て行った。
仕方ねぇなとレオリオも床拭きを手伝う。
空に似た色は皮肉ながら鮮やかであった。
その水溜まりを見て本を閉じたクラピカは二人に声を掛けた。
「ゴン、レオリオ…この一帯、いやこのホテルは何かおかしくないか?」
「うーん、暑かったりアイスが溶け落ちちゃったり…?あー、あとお皿があんまり綺麗じゃなかったなぁ」
「環境が悪いってだけだろ」
「環境が悪い?それはおかしくないか、レオリオ。キルアの話ではこのホテルはハンター証を持つ者しか利用できない上に、高級な造りになっていると言っていなかったか?この尋常ではない暑さでありながらホテルは冷房もろくに効いていない。さっきから感覚が鈍っていて思考を巡らすのでさえ私は辛い。違和感を感じないか?読書をしていたときに気付いたのだがテーブルやイスはペンキで塗ってあるだけで誤魔化している部分がある。それだけじゃない。冷凍庫の効きも悪ければ食器も傷だらけ。さらに天井の一部も崩れている」
「な、なにぃ?!な…ほ、本当だ…」
「ゴン、私達の荷物はどこにある」
「え?大きな荷物はフロントに預けてて手荷物は自分達で持ってなかったっけ?あれ…ないな。…まさか」
「そのまさかだ。行くぞ!」
「は?えぇ?お…おいっ、ちょっと待ってくれ!!どうなってんだよ?!」
三人は走りフロントへ行くと、部屋を案内した支配人が次々と床に倒れていた。
そこにキルアが一人立ちつくしていた。
すでに荷物管理の鍵は奪えたようで、四人の荷物は無事に確保されたのだった。
「しっかしハンター証が奪えるなんてあいつらは本気で思ってたのかぁ?まさかホテル支配人らが窃盗犯だったなんて考えられないぜ」
「でもキルアやクラピカが気付かなかったらレオリオ危なかったんじゃない?オレも言われるまで気付かなかったし」
「そりゃあ相手が窃盗犯だっていうなら俺だってプロだ、本気出して…」
「念も覚えてないのに?」
横からヤリで突くようにキルアが含み笑いでレオリオに言いのける。
なんだとーと掴みかかろうとするレオリオを軽々と避けていくキルア。
その様子を見て再びクラピカは溜め息をついた。
「でもクラピカ、よかったね!これで貴重な休暇が充実できるね」
「そうだなゴン。少なくとも時間をあんな奴らに無駄にされずに済んだんだ。キルアに感謝しないとだな」
「俺だって最初はわからなかったよ。フロント行く前に途中トイレに寄ったんだけどさぁ、床が抜けたんだぜ?あちこちボロボロ。見た目だけ取り繕って中はスカスカだったんだ。変だと思ってこっそり支配人の後をつけた。そしたら連中、俺達の荷物勝ってに開けてやがった。それに貴重品の入った手荷物だっていつの間にかあいつらが奪ってたんだ」
「部屋にあった手荷物まで盗られていれば私達なら気付けるはずだ。だが気付けなかったのは尋常ではない暑さによって感覚機能が失われつつあったんだ」
「大したことにならなくてよかったぜ。まぁ相変わらず町の中は暑いけどな。あ!ちょうどいいところに屋台が出てる!ゴン!さっきアイス食べ損ねたから食べていこうぜ!」
「ホントにキルアってば甘いもの好きなんだから〜。ちょっと待ってよー!」
元気な二人を見てふと笑うとレオリオが傍にやってくる。
俺達も買っていくかというのでクラピカは頷いた。
しかしこの町はやはり暑い。
買ったばかりのソーダアイスはもの凄い勢いで地面へと溶け落ちるのだった。