「お母さーん!見てー!綺麗なお花が咲いたよ!」
いたいけな子供は一生懸命に育てた自慢の植物を母に見せた。
母は嬉しそうに子供を褒めた。
よくわからない品種であったが道端で拾った種はとても大きく、育てるのに困難かと思われたが意外にも簡単に成長した。
あれほど大事に育ててきて万が一枯れたら子供が悲しむだろうと思い、母は胸を潰される思いでいっぱいだった。
しかし心配には及ばず、無事成長した植物は親子の喜びとなった。
だがその喜びは一瞬にして消え去ってしまった。
「行方不明…事件か?」
「そうなの、ヨークシンシティでですって。私達がこの間までいたところだわ」
「そうか…あの街は物騒だからな。何があってもおかしくはない」
「捜索中らしいけれど苦戦しているようね。最近じゃこの辺りも行方不明になっている人がいるそうよ。あなたも注意しないと」
センリツの忠告にクラピカは目を瞬いた。
「私が攫われるとでも?冗談はよしてくれないか。いくらなんでも」
「あなたはまだ狙われた状態なのよ…わかってる?」
そう、結局解決をしたわけではない。
ヤツら───幻影旅団は団長の除念が終わるまでは襲ってこないだろうが、その後はどうなるかわからない。
しかも弱点というべき自分のリスクが相手に知られている以上、迂闊な行動はできないのだ。
「わかっている。だがその行方不明というのは人攫いか何かであって旅団とは無関係だろう」
「そうかもしれないけれど…用心しておくに越したことはないと思うわ。あなたは面も割れているのだから」
それもそうだなとクラピカは頷く。
新聞に目を通せば今日のトップ記事として大々的に扱われていた。
確かに細かい文章も読めば、この事件がヨークシンシティだけに留まっていないことがわかる。
クラピカは冷めてしまった紅茶のティーカップに口をつけてから溜め息をついた。
この世の中は本当に物騒だ。
いい話が全く聞こえてこない。
どうしてしまったのか…否、今に始まったことではないのだ。
気付けば世の中は暗雲に立ち込めていた。
空気が悪い。
窓を開けて部屋の空気を入れ換えた。
気持ちは少しよくなったがふと屋敷内に視線を戻すとやはり荒れているのは世の中だけではないことを悟る。
「(私もそろそろ身を固めなくては…)」
今日は綺麗な青空で天気もいい。
仕事の少ない日くらいは肩の荷を下ろしてもいいだろう、と近くの小川までクラピカは散歩に出かけた。
小鳥がさえずり、自然を近くに感じる。
屋敷にいると酷い閉塞感があり、気分も悪くなる。
たまに気分転換もしないと身が持たなかった。
外は全てが正常に、そして何もなかったかのように時は流れていた。
緊張感のないこの空間に癒されながらも違和感を感じていた。
自分のいるべき場所はこんな場所ではない。
もっと殺伐としていて光の入らぬ場所だ。
いつまでも甘えていてはいけない。
クラピカがふと振り返るとセンリツが木の側に立っていた。
「お邪魔だったかしら」
「いや…そんなことは」
「あなたのさっきまでの心音はとても緩やかだったわ。それなのに…」
「…悩んでしまったのだよ。私には持て余す時間などない。こうしている間にも時間が刻一刻と過ぎていく」
遊びにきているわけではないのだ。
間違えてはいけない。
だが決断はすぐにはできない。
今後のことも視野に入れなくてはならないのだから…と一人ごちると奥の方からカサカサと葉が擦れるような音がした。
何かがいる。
二人はすぐに身構えた。
警戒をしていると林の奥から現れたのは驚くことにネオンだった。
「お…嬢様?何故こんなところに」
「何故って…あたしだって散歩くらいするよ?もしかして誰かに許可でもとらなきゃいけなかった?」
「誰にも言わずに外出してはなりませんよ。お父上か、私達にお声をかけていただかなくては…」
「もうそういう堅苦しいのあたし耐えられないよー。パパだってあんななっちゃっててあたしのことなんてどうでもいいみたいだし。気晴らしに外へ出るくらいいいでしょ?それともあなた達はよくてあたしはダメなの?」
「そうではなく…ただ」
クラピカが言葉を渋っているとネオンはいいものを見つけたから来てと二人を林の中へと誘った。
この辺は自然に溢れているが故、死角も多く獣も出るため危険だった。
それを忠告する隙さえなく、ネオンは先へと行ってしまう。
このまま行動させては危険だとクラピカが述べるとセンリツも頷いた。
二人は手分けをしてネオンを探すことにした。
数分が経ち、そう遠くへは行っていないはずなのに彼女は見当たらない。
これは早く探さないと…クラピカがそう考えていた矢先、木の切り株に項垂れているネオンを見つけた。
「お嬢様!」
「う…ん…あ、あなた」
「何をしているのです、早く屋敷に戻りましょう。ここは危険ですから行動を慎んで下さい」
「そんなことないわ。あなたはいつも慎重すぎるのよ」
「もし何かあったらどうするのです。身を守る術なくしてこんなところに出入りをしてはいけません。さぁ、早く」
急かすようにクラピカは手を差し伸べるとネオンはその手を払った。
一人で立ち上がりじっとクラピカの表情を見つめる彼女は酷く無表情だった。
機嫌を損ねるとまた厄介だ。
「すみませんお嬢様、言い過ぎました。無礼をお許し下さい」
「わかったわ、許すからその代わりもっと遠くへ行きましょう?」
「何を言ってるのです。これ以上こんなところへいても何もありませんし、気温も上がりますから早く屋敷に戻った方がいいです」
「あなた…まだわかっていないのね。あたしがあんなところに戻るわけないでしょ?あたしもっと自由になりたいの。あなただってそう思わない?こんな屋敷で雇われハンターなんてやってても何もいいことなんてない…自分が一番わかってるんじゃないの?」
何故こうにも鋭く少女はクラピカに指摘するのだろう。
なんとなくネオンの発言には違和感があった。
まるで別人のように思った。
「あら、お嬢様…こんなところにいらしてたんですね」
「センリツ」
「クラピカ。よかったわ無事でいて。お嬢様、この辺りは事件も起きていて不安ですから戻りましょう?」
「いやよ、なんで二人ともあたしを連れ戻そうとするの?外はこんなに気持ちいいのに」
もっと外にいたいと言い続けるネオンをなかなか説得できない。
しかし思うように言葉が出てこない自分も情けない。
クラピカはなんとか説得して連れ戻そうと思うのだが、うまく自分の口が動かせない。
それはセンリツも同じだった。
「(なんだこれは…?それに口だけじゃなく体まで身動きできなくなってきた…)」
ネオンにしっかりと掴まれたクラピカの服の袖。
試しにクラピカはその手を払った。
大袈裟すぎるような勢いでネオンは地面へと投げつけられる。
「ちょっとクラピカ…!お嬢様に何をやって…」
「センリツ。こんなところにお嬢様が出入りしているなんて私には信じられないのだが?」
「何が言いたいの?…まさか…もしかして」
「あなたなら一番に気付くと思ったのだが。どうやら相手も賢いようだな。いい加減本当の姿を現したらどうなのだ」
地面に未だ倒れているネオンはむくりと顔を上げると既にその表情は誰も知らぬ顔をなっていた。
なんとなく覚えのある感覚。
センリツはすぐにこの間の植物のことを思い出した。
そう、サラセニアの夜のことだ。
ゴンの前では少女の姿、キルアやレオリオの前では女性の姿、そしてセンリツの前では老婆の姿をした…食人植物のことだ。
記憶にまだ新しいあの出来事は今も体が覚えている。
自分の目の前にいるのは紛れもなくネオンではなかった。
「どうして気付かなかったのかしら…ダメだわ、なんだか頭が痛くて…集中できない」
「センリツ!しっかりしろ!」
「もう手遅れのようね…あなたも餌食になるがいいわ…」
人間の姿から植物の姿に変身した光景を初めてクラピカは目の当たりにした。
彼だけはあのとき熱を出していて女の姿も植物の姿も見てはいなかった。
大きく育つ植物は今もセンリツを餌にぐんぐんと成長し始めている。
早く阻止しなければセンリツが危険であることは誰もが見てわかることだった。
「…相手が悪かったようだな。植物ならば…私は容赦しない!」
凄まじいスピードでクラピカは植物を鎖で払い、センリツを安全な場所へ移動させた。
相手が植物故に心臓に楔を刺して条件をつけるなどというやり方はいただけない。
ここは一網打尽にするためにも別の方法で倒すしかない。
すぐさま植物のいる場所へ戻り、油断をしている隙にクラピカは火を放った。
「ねぇねぇ、林の方で火事があったって聞いたけど大丈夫なの?」
「心配はございません。既に消火してあります。不審者がおりましたので火で脅しただけです」
「ふーんそっか。その不審者も頭悪いんじゃない?こんな家に忍び込んだって何もないのに」
「ところでお嬢様、その箱は何ですか」
「あぁ、これね。あのイカツイおじさん…あなた達の仲間の人が手土産に持ってきてくれたの。人は見かけによらないってこのことね」
「イカツイ…?あぁ、バショウのことですか。彼から何を貰ったのですか」
「気になるの?じゃあ見せてあげる!」
箱から出てきたのは植木鉢に入った植物だった。
どこかで見覚えのあるそれは何の植物かすぐにクラピカは悟った。
ゴンがクラピカの見舞いのために買ってきたものと一緒だったのだ。