最近になってまた夢見が悪くなった。
以前うなされるほどに見た悪夢を再び見せられることになろうとは。
びっしょり汗をかいたクラピカはすぐに着替えを済ませた。
絞れそうな寝間着を洗濯籠に入れ、顔を洗う。
鏡を見るとやつれた自分の顔が映った。

仕事を終えて部屋へ向かい、就寝の身支度を整えながら片付けているとふと視線を感じた。
振り返ったが当然のごとくそこには誰もいない。
このようなことは日常茶飯事だった。
あれから何ヶ月も経った。
いい加減忘れなくては、否…もう自分自身では気持ちの整理はついたはずだった。
それなのに何故。

「(空気を入れ換えよう…)」

窓を半分開け、扉も申し分ない程度に開ける。
クラピカの部屋は個室だった。
本来は二人部屋になるはずだったが、一連の騒動で同僚の多くが殉職したため皮肉にも傭人部屋に空きができたのだ。
扉を大々的に開けないのは個人のプライバシーの確保と、廊下を扉で遮らないためだ。
少し涼しい空気が入ってきて頭も冷えたようだ。
気分が穏やかになり、ベットに腰を下ろしたクラピカはそのままバタリと横になって天を仰ぐ。
そして重たい瞼はスッと閉じられていった。






センリツが自分の部屋へ戻ろうとしたとき、ある部屋の扉が開きっ放しになっていることに気が付いた。
そこはクラピカの部屋である。

「(何故開いてるのかしら?閉め忘れにしては不用心ね…)」

クラピカも疲れきっていたんだわ、とセンリツは扉を閉めようとしたときゾッとするものを見てしまった。
紛れもなくそれは死んだはずのウヴォーギンとパクノダだったのだ。
彼らは何をするわけでも何を言うわけでもなかったが、じっとクラピカの側に立ち尽くしていた。
それがまた不気味であった。
センリツはすぐにクラピカのあのときの様子を思い出した。
それは彼が幻影旅団と交渉したあとに倒れた、廃墟ビルでの出来事だ。
あのときにはセンリツやレオリオには全く見えなかったが、おそらく彼には…今自分が見ているような亡者が見えていたのだろう。
手足の震えが止まらなかった。
本来聞こえるはずの心音も、当たり前ながら彼らからは聞こえない。
どうしたらいいのか悩んでいるとクラピカが酷くうなされ始めた。

「(このまま見過ごすわけにはいかないわ…)」

センリツは得意の笛で彼の部屋へと響くように演奏し始めた。
しかし亡者は消えることなく立ち尽くしたままだった。
このままではいけない───だが他に方法がない。
するとクラピカが目を覚ましたと同時に彼らは消え失せた。
クラピカはセンリツを見て体を起こす。

「ん…私は開けっ放しにしていたのか。すまない」

立ちあがりクラピカは窓を閉めた。
顔色の悪いセンリツの表情を見てクラピカは言った。

「センリツにも…見えたのか」
「え…えぇ」
「またなのだ…もうとっくに忘れられると思ったのだがな。私はこうして一生縛られるのだろうか」
「疲れているのよ…あなたの最近の働きぶりは限界を超えているわ」
「そうかもしれないが…だが他者にまで見える怨念というのも初めてだな。以前私が倒れたときには見えなかっただろう?」
「そうね…見えなかったわ。だから…もしかしたら今のはあなたが…無意識に具現化していたのかもしれないわね…」

クラピカが目を覚ましたと同時に消えたということはそういうことなのかもしれない。
だとすれば彼以外に目視できたというのも頷ける。

「迷惑をかけてすまなかったな。センリツも早く寝るといい」
「でも…あなたは大丈夫なの?顔色もよくないし…」
「そういうあなたこそ顔色が悪い。お互い休むべきだ…私は大丈夫だから」

追い返すようで申し訳なかった。
だがこれ以上踏み込んでも欲しくはなかった。
クラピカは扉を背にしてしゃがみこむ。
こんな精神状態では今後同胞の目の奪還などできない。
いつまで恐れているのだ。
しっかりしなくては、とクラピカは立ちあがると再び視線を感じた。
気にしても仕方あるまい。
ましてや自分が作り出しているものだとすればそれは酷く滑稽ではないか。
恐れる必要などない。
進むべき道に私は進むだけだ、と改めて決心すると視線は感じなくなった。