死んだ娘はもう帰ってはこない。
悲しみに明け暮れている暇もなく凶器の矛先は自分に向けられていた。
その時だった。
気が付けば自分は血塗れになった死体に囲まれていたのだという。
自分には死んだ者の魂を吸うことしかできないのに、この死骸は何かと酷く慌てたらしい。
するとそこに死んだばかりの娘と同じくらいの年齢の少女が現れたのだという。
その少女こそレオリオやキルアに罠の念を仕掛け、今同じ部屋にいる少女のことである。
女は少女に駆け寄り、この者達を殺したのかと聞くと少女はただ黙って頷いたらしい。
そこから実際には血縁関係はない母と娘の奇妙な暮らしが始まったのだという。

「彼女は私の宝でした。力を持たぬ非力な私をことごとく助けてくれたのです。そして私には死者の魂が必要だということも理解してくれた。…娘が生まれ変わって来てくれたのです」
「そんな…でも…」
「…娘は私の代わりに沢山の人間を殺してくれました。初めは抵抗がありましたが娘は自分から出向いて殺しをしたわけではありません。その後も…どんな噂話に膨れ上がったのか知りませんが、人間はほぼ毎日訪れてくる。私達を魔物と罵り、殺しにやってくるのです。これは正当防衛です」
「そう…だったんだ」
「ゴン君…と言いましたね。あなたは私を殺しますか」

ゴンは首を横に振る。
こんな話を聞いて殺せるはずがない。
どんな角度から考えても人間が悪いのは明らかである。
ゴンは俯いてごめんなさいと小さな声で謝った。

「わかって下されば私はあなた方から魂は吸いません。このままお帰り下さい。そして他言無用でお願いしたい。これ以上人間とは争いたくないのです」
「わかった…」
「ったく…だったら俺達を捕らえる前に話して欲しかったぜ」
「キルア…!でもさ、催涙ガスに磁石版だったし本気で殺そうとしたわけじゃないよ」
「だ・け・ど!俺、もう少しで槍に串刺しにされるところだったんだぜ?お前だってあんな鉄球頭で受け止めてたら、いくらお前の剛毛でも体までぺしゃんこだぞ」
「それはお姉さんに雷掌あてたからでしょ?オレだってグーを使おうとしたんだから自業自得だよ」

ゴンとキルアが話している側で女は笑っていた。
今度は心の底から笑っているようだった。
少女は相変わらずの無表情でさっきから一言も話さずにいる。
失語症かとも思われたが元々話すのが苦手なのだそうだ。

「おばさん、お姉さん、本当にごめんなさい」
「わかって下さればいいのです。私達も手荒なことをしました。深くお詫びいたします。後ろにいる男性の方ももうじき目を覚ますでしょう」
「けっ。レオリオのやつ、呑気にぐぅぐぅイビキかいてやがんの。あんなの放っておこうぜ」
「キルア…それはいくらなんでも…ん?ねぇ、なんか焦げ臭くない?」
「コゲ?確かに…なんだよこのニオイ」

「燃えてる──」

僅かな声量だったが初めて少女が声を発した。
その少女の視線の先には燃え盛る扉があった。
少女は再び闇のオーラを纏い扉の方へと手を掲げた。
火に覆われた扉は彼女が仕掛けたと思われる氷の球が破裂したため火は少しおさまったようだった。
だが完全に火が消えたわけではない。
それにもかかわらず少女はその扉を蹴り壊して隣の部屋に向かった。

「ねぇ!なんで燃えてるの?!あのお姉さんは突然走りだしちゃったけど大丈夫なの!?」
「あの部屋には…」
「なんだよ!もったいぶらねぇで早く言えって」

隣の部屋には殺していない人間が一人だけ残っているのです、と女は答えた。
ゴンとキルアは少女を追いかけて行った。
隣の部屋はエントランスとは全く異なる暗い部屋であり、こんな場所に人がいるとは到底思えなかった。
まるで物置き場のようである。
しかし部屋の奥には鳥を飼うにしては大きすぎる鳥籠が天井に吊るされているのがわかった。
そこに誰かが捕えられている。
少女はその籠のオーラを解き、中の人間を解放した。
現れたのは紛れもなくゴン達の知る人物であった。

「ク…クラピカ?!なんでこんなところに!」
「ゴン…キルア…?それはこっちのセリフだぞ…ケホ…ケホッ…お前達こそ何故ここにいる」

少女はこの者達が知り合いだったことに驚いていたようだが、再会に喜びを感じる隙さえも与えず扉を指差した。
逃げろということなのだろうか。

「お姉さんも早く逃げなきゃ!」
「……」
「立ってないで早く!」

四人は燃え盛る部屋から脱出した。
屋敷の室内は乾いているせいか簡単に火が燃え移ってしまう。
消火するには難しいようだった。
この屋敷ともお別れですね、と女は言うと全員で屋敷の入り口を目指した。





「すまない」

クラピカは女とそして少女に向かって謝罪した。
火をつけたのは私だとクラピカは言った。
ゴン達が話を聞くとクラピカは屋敷の敷地内に侵入したのだという。
しかし屋敷には人が住んでいるという情報は確認されず、また地主もいなかったとのことで入るための許可は取らなかったらしい。
蒐集物である骨のみを回収し帰ろうとしたとき、女に声をかけられたのだという。

「あなたは害を及ぼす人間でないことはわかっておりました。だから屋敷に招いたのです。初めは殺しにやってきたのだと思いましたが…」
「誤解を与えてしまったのは私の責任だ。非礼を詫びる…しかし何故私を捕らえたのだ?」
「それは…言わなくてもあなたは察しているのでしょう?」





この日の夜。
女、少女と別れた四人はホテルで一泊することにした。
レオリオは途中深い眠りについていたためほとんどのことを覚えていないようだった。

「参ったぜ…健忘症にでもなっちまったみてぇだ」
「お前は彼女の念にかかったのだから仕方あるまい。それにすぐ忘れるのは今回に限ったことではないだろう。それよりゴン達の足手まといにならなかっただけ良かったではないか」
「なっ…お前ってヤツは…。久々に会って開口一番そんなこと言うのかよ…ひでぇ言われようだな」
「あのお姉さん達…今も幸せに暮らしてるといいね」
「もう屋敷もなくなったし大丈夫じゃねぇの。わかんねーけど」

あの屋敷は古い建物であったが立派であった。
だが立派であったが故に狙われてしまった。
後から聞いた話では少女はこの屋敷が嫌いだったそうだ。
別れ際に少女の代わりに女が少しだけ話をしてくれた。
少女はたまたまこの屋敷の前を通りかかっただけだということ。
その時、中では狂乱した悲鳴が聞こえたので黙って立ち去るわけにはいかなかったということ。
人助けをするつもりが助けたのは魔物と罵られた元・人間であり、その元・人間に危害を加えたのは人間だったということ。
話を終えて女は最後にあなた方の旅がご無事でありますようにとだけ言った。

「思うのはさ、あの無口な女がクラピカをあんな鳥籠みたいなのに入れてたってのが俺は気になるんだよね。殺意のない人間だったら一緒に飯食ったってのはまだわかるけどさ。なんですぐに帰してやらなかったんだよ?あの紅い服着た女も教えてくんなかったし」
「そういえばそうだよね、クラピカに察しているのでしょう?って言ってたけどどういう意味なの?」
「それはだな…」

気の迷いだったのだろう、とクラピカは言った。
紛れもない事実であると確信している。
彼女は泣いていた。
無差別に人を殺せるわけではないことはその時点でクラピカにもわかっていた。
だったら吸魂鬼などと一緒に暮らさなければ良かったのに、とも思ったが人にはそれぞれ理由があるのだ。
人のことをとやかく言えるものではないことは自分自身が一番気付いている。

「さ〜て!もう夜になっちまったがお前ら明日からどーする」
「オレ、行かなきゃならないところがあるんだ。せっかく四人で集まれたのに悪いけど…先急ぐよ」
「じゃあ俺もゴンについていく」
「私は蒐集した物をボスに届けなくてはならないからな。残念だが私も行かなくては」
「なんだよ連れねぇな。せっかくの再開はたった数時間で終了か」
「そういうお前はどうなんだ?勉学に励んでいるのか?次会ったときは医者になっているのではなかったのか」

無茶言うなよまだ資格すら取ってねぇよとレオリオは言った。
それもそのはず、まだ学生であるのだから医者になっているはずはない。

「思ったんだけどよ…俺ただの医者になるのはやめようと思ってるんだ」
「え?レオリオ、それってどういうこと?」
「あぁ、せっかく俺はハンターになれたんだ。まだ纏しかできないが念の勉強もしようと思っている」
「…まさかお前、念による治療法を身につけるとでもいうのか?」
「その通りだクラピカ。もちろん医学の知識ゼロでできるとは思ってねぇ。両立は厳しいけどよ、勉学に励みつつ修行するのも悪くねぇと思ってるぜ」

あまり無理をするなよ、とクラピカは言った。
そんな医者がいたらそれはまた面白いとも思った。
ハンターだからこそ成し遂げられることでもある。
ゴンやキルアは期待を寄せていた。

「じゃあケガしたらレオリオに治してもらえばいいんだね!それすごくいいアイディアじゃん!!」
「ヤブ医者にだけはなるなよ、リオレオ」
「レ・オ・リ・オだ!」

お決まりのお約束も終えたところで四人は少し遅い夕食にした。
次に会えるのはいつだろうか。
彼らの物語はまだまだ続く。