様子を見ようと話していた矢先、先ほどのハンター達と思える悲鳴が聞こえた。
嫌な予感はやはり的中した。
ゴン達は互いに目配せをしながら唾を飲み込む。
尋常ではない悲鳴の連続に三人は意を決した。
このまま放っておくことはできない。
三人は中へと侵入することにした。
凝で屋敷の入り口を見破り、ゴンとキルアは扉を開けた。
レオリオは屋敷も扉も見えてはいなかったがゴン達に続いて中へと入ることができた。
しかし屋敷の入り口に近付いただけで鼻を押さえたくなるような酷い臭いがする。
そして三人の足元に何かが引っ掛かった。
入口を塞いでいるのが何なのか把握するのに時間を要した。
足元に転がっていたのは先ほどまでこの辺りを探っていたハンター達の死体であった。

「死んでる…」
「…いきなりやられちまったって言うのかよ。ったく…相手は何者だ?」

屋敷内を見渡す。
古ぼけた赤い絨毯と埃の積もったオブジェ。
不必要に大きいシャンデリアに今にも倒れそうな柱。
豪華そうに見えて酷く古めかしい屋敷は何か違和感を感じざるを得ない。

「最近はお客様が多いですね」

奥から聞こえた儚げな女性の声。
その異常に優しい声をした女はにっこり微笑んで階段の上からゴン達を見下ろした。
ゴンにはその女の表情が複雑であるように思えた。
笑っているようで悲しんでいるようで上手く表情を掴み取ることができない。

「招かれざるお客様ばかり…どうしてこの場所を突き止めてしまうのでしょう。隠していてもあなた方はすぐに見つけてしまう。私はどうしたらいいのです」
「あぁ?意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ…こんな簡単に殺しておいて」
「殺しがいけないことですか」

三人は息を呑んだ。
その姿からは殺人を肯定する発言をするように思えなかったからだ。
やはりこの女がハンター達を殺したのだろうか。
今もその表情は微笑んだままでいるように見える。
濃い焦げ茶色の緩い巻き髪に紅色のロングワンピースを身に纏った女は静かに歩み寄ってきた。
三人は後退りをする。
しかしさっきまで開いていたはずの玄関口の扉は既に強い何かの力で押さえられ閉められていた。

「…アンタ念能力者なのか」
「仰るとおり、私は屋敷の構造については念を使っています。屋敷を隠すのもドアの開閉をするのも…それは私の力です。せっかく隠れていたというのにあなた方は私達の平穏な生活を潰したのです」
「隠れていたってどういうことだよ。こっちは人殺しの屋敷があるって聞いて出向いて来てるんだぜ。だったら人殺しなんてやめっちまえばいいじゃねぇか」

もっともな返しをしたレオリオだったがそれでも彼女はずっと微笑んでいた。
表情が変化しない故に不気味さはなお一層増している。
すると別室に繋がっていると思われる扉からさらに若い女が現れた。
漆黒のストレートショートヘアーで異国風な鎧のような服を着た少女。
彼女は能面のように一切表情を変えずにただ屋敷に似つかわしくない異物であった三人をじっと見ていた。
その眼力にレオリオは少しうろたえた。
年齢的に見てこの二人は親子なのだろうか。
それにしてはあまり似ていないようにも思う。
少女は右手を天に挙げると闇に纏ったオーラを放った。
三人の頭上にオーラが集まった途端、そのオーラはガスに変化した。

「やばいぞ、逃げろ!」

キルアが言葉を放ったと同時に三人は逃げるがレオリオは立ち位置が悪かったのかガスを少し吸い込んでしまっていた。
噎せながら呼吸を整えようとするがレオリオの視界は徐々にぼやけてくる。
催涙性のガスのようでレオリオは意識を失ってしまった。

「レオリオ!」
「勝手に入り込んできたあなた方が悪いのです。私にとって…都合はいいけれど」
「何言ってやがる…マジに殺るぜ」

ゴンがキルアを呼び止める暇もなく、すぐさまキルアは少女の方へと駆けて行く。
凄まじいスピードのキルアを少女は避けられるはずもなく彼の雷掌を食らった。
それでも立ち上がった少女は次のオーラを纏い始めた。
キルアの立ち位置と重なるように床から金属製の槍が突き出してきた。

「キルア!!!」
「んなもんに引っかかるかよ!くそっ!」

少女の念能力…さっきから探っているがどんな能力か上手く掴めない。
考えているうちに次のオーラが再び纏い始めた。
今度は壁から磁石のような板が現れる。
回避しようとしたが磁力で吸い込まれるようになっており、キルアは壁に縫い付けられるように捕獲された。

「くそ!どうなってやがる!」
「彼女は念によって罠を仕掛けることができるのです」
「罠だと!せこいやり方しやがって!」
「キルア!」
「ゴン!来るな!」

キルアを助けようとゴンは側まで寄ろうとするが磁力に引き込まれてしまうため近付くことはできない。
どうすればいいか考えようにも時間がない。
このままでは全員がやられてしまう。
するとさっきまで微笑んでいた女は両手を広げ天を仰ぐと光のようなものを集め出し自分の体内に取り込んでいった。





女はおそらく人間ではないのだ。
そう解釈していたのは未だ鳥籠に閉じ込められている金髪の鎖使いだった。
彼は隣の部屋──エントランスで何かが起きていることを悟った。
先ほどよりもさらに騒がしくなっている。
音しか聞こえないもののいい状況ではないことはクラピカにもすぐにわかった。
なんとかしてここを出なくては。
しかし相変わらず鳥籠はびくともせず脱出はできない。
せめてこちらに誰かが来てくれれば…クラピカは考えた末に行動した。

「(家主には申し訳ないがこの方法しかない)」

クラピカはポケットからマッチを取り出すと火をつけて籠の隙間から投げ捨てた。
火は簡単に絨毯に燃え移り瞬く間に大きな炎となった。





女がよくわからない光の塊を吸収している間にゴンは掛け声で構えを作りオーラを高めた。
ゴンの必殺技であるジャジャン拳である。
圧倒的に威力の一番高い技であるグーを食らわせようとした。
しかし女を守るかのように少女が突然目の前に現れゴンの必殺技を阻止しようとしたのだ。
隙ができてしまったゴンにすかさず少女は念によって作り出された鉄球を頭上に落としてきた。

「ゴン!」
「あっぶないなぁ…オレは大丈夫だよキルアー!」

罠による攻撃をなんとかかわしたゴン。
何もないところから突然凶器が現れるので油断禁物である。
また少女の作りだす罠は度々異なるものばかりなので侮ることができない。
一方吸い込まれた光を飲み干し終えた女はゴンへと向き直る。
次は自分の番なのか。
しかし何よりこの女や少女が何を目的としているのかが未だによくわからない。
このまま死ぬのは腑に落ちない。
理由が知りたいと思ったゴンは女達に尋ねた。

「どうして殺すの?!」
「……」
「殺すには理由があるんじゃないの?!オレ…よくわかんないけど、おばさんの顔がすごく可哀想に見えるんだ」
「…私は人間の魂を得ないと生きることができないのです」
「たま…しい?」
「…初めてです、ちゃんと理由を聞いた人は。皆は私を快楽殺人鬼と混同している人達ばかり。だから会話もしないで突然凶器を振り回したり殴りかかってきたりするのです。…私は最初、人間ではなく昆虫や動物の魂をいただいておりました」

自身の外見が人間に見えるといっても、多くの人間が集まる場所には長く滞在していたくなかったらしい。
そもそも人間も自分にとっては糧にすぎない。
いずれ飢えを感じた時に人間に手を出してしまうのではないか、と己の自制心を保てる自信がなかったのだという。
そこで女は廃屋となっていた屋敷に身を寄せていた。
実の娘と一緒に。

「私がこんな生き物になってしまったのはとある魔術を試したせいなのです。私は罰が当たりました」
「じゃあ…元々人間だったんだね」
「はい…人間を襲いたくないのは自分が人間だったから。ただのエゴかもしれません。でも私は人間を襲いたくなかった。ですから娘には悪いと思っても人里を離れ、孤独に生きることは仕方のないことだと自覚しておりました」

しかし母と娘が安穏に暮らす生活は長く続かなかった。
このような大きな屋敷に財宝があるに違いないと勘違いをした者がいたらしく、突然人間が忍び込んできたのだそうだ。
しかも侵入しただけではなく、屋敷中を荒らした上に目撃されたからという理由だけでその者達は近くに立っていた女の娘を殺したのだという。